大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)287号 判決

控訴人

梅本龍玄

右訴訟代理人

徳岡一男

徳岡寿夫

被控訴人

大雲寺

右代表者

梅本和久

右訴訟代理人

清水繁一

小宮正己

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人の本案前の抗弁についての判断及び本案の判断のうち本件決議に関する認定部分(原判決一六枚目表九行目冒頭から一八枚目裏九行目終りまで)は次のとおり訂正、附加、削除するほか原判決理由記載のとおりであるからこれをここに引用する。〈中略〉

二控訴人は本件決議は(1)責任役員でないキヨ、和久、栗木によつてなされたものであり、仮にキヨと和久が登記簿上責任役員とされていたとしても、右両名は責任役員としてその権限を行使したことがなく単なる形式的な役員で、しかも右決議当時は本来の任期が終了していたものである、(2)仮に任期満了後も後任者の選任があるまでは職務を執行することができるとしても、この場合における職務執行は緊急で必要な最小限度の事項に限られるべく、代表役員の選出のごときはその職務範囲を越えるものであり、これらの点からみて、本件決議は不存在ないし無効であると主張する。

しかしながら、〈証拠〉を総合すると、龍海は昭和二七年九月二六日宗教法人大雲寺(被控訴人)を設立するにあたり、宗教法人法(以下単に「法」ともいう。)一四条、浄土宗規則四一条に基づき、所属の浄土宗宗務庁から被控訴人の規則の認証を受け、右大雲寺規則八条一項(法一八条、以下同じ)、七条による代表役員(住職)を龍海、規則八条二項(法一八条。以下同じ)による責任役員(参与)を和久、キヨと定め、所定の手続、宗務庁の認証をえて、登記を了したことが認められる。〈中略〉控訴人は、キヨと和久は単に形式的に責任役員とされていたにとどまり、実質的に責任役員として職務を行つたことはないというが、その趣旨がこれらの者の責任役員としての選任が虚偽仮装のものであるというのであればその当たらないこと上記認定の事実に照らして明らかであるし、単に被控訴人の内部的事務の処理においては代表役員がこれを専行し、キヨや和久ら責任役員がこれに関与することがなかつたという事実を云々するのであるとすれば、このような事実によつてキヨや和久の責任役員としての地位及びその職務権限に法律上の消長を来たすものとはとうてい考えられないところであるから、いずれにしても控訴人の右主張は理由がない。なお、〈証拠〉によれば、キヨと和久は昭和三六年九月二七日重任された後更に重任された事実がなく、したがつて右重任の日から三年の期間を経過した昭和三九年九月二七日任期満了によつて責任役員たる地位を失つたものといわなければならないが、控訴人の自陳しているように大雲寺規則九条三項は責任役員は任期満了後も後任者が就任するまでその職務を行うことができる旨を規定しており、キヨと和久の後任責任役員が選任され、就任したことについては主張立証がないから、本件決議当時右両名はなお責任役員としてこれに参加し、議決権を行使することができたものといわなければならない。控訴人は、任期満了後の責任役員が後任者の就任まで行いうる職務は、緊急かつ必要最小限度の範囲に限られるべく、代表役員の選定のごとき重大な事項について議決権を行使するがごときはこれに含まれないと解すべきであると主張するが、かかる制限的解釈を施すことを相当とすべき規則上及び条理上の根拠はなく、右主張は採用できない。それ故控訴人の上記主張はすべて理由がない。

三控訴人は、和久は本件決議事項につき特別の利害関係を有する者であるから、大雲寺規則一六条二項により右決議に加わることができず、したがつて和久が参加し、議決権を行使してなされた本件決議は無効であると主張する。

大雲寺規則一六条二項が責任役員はその責任役員と特別の利害関係がある事項については議決権を行使することができない旨を規定していることは当事者間に争いがない。ところで、右規則一六条は、〈証拠〉によれば、一項において代表役員が法人と利害の相反する事項について代表権を有しないことを定めるとともに、この場合における仮代表役員の選定について規定を設け、二項において前記のように責任役員が特別の利害関係のある事項につき議決権を有しないことを定めるとともに、この場合における仮責任役員の選定について規定を設けたものであるが、これらの規定はすべて、宗教法人法二一条一項の規定をほとんど文言どおり模したものであることが明らかであるから、特段の理由のないかぎり、右にいう特別の利害関係の意味についても、これと同一に解すべきものと考えられる。しかるところ、宗教法人法は、他方第一八条二項において、代表役員は、規則に別段の規定がなければ、責任役員の互選によつて定めると規定しており、この規定の趣旨は、宗教法人における代表役員の選任は原則として責任役員の互選によるのが妥当であるとしたものであると考えられるが、前記同法二一条二項の規定を右一八条二項の規定とあわせ読むときは、同法は右代表役員を互選する場合における責任役員の立場は、その者が代表役員の候補者に擬せられたときでも、議決事項に対して特別の利害関係を有する場合には当たらないとの見解に立つものと考えるのが相当である。けだし、右の場合における当該責任役員の立場は、代表役員解任決議の場合における当該代表役員の立場とは異なり、公正な議決権の行使を期待することができないほどの利害相反的関係にあるとは考えられないのみならず、もし右の場合にその者の決議参加資格を否定すると、実際上互選による代表役員の選任が困難となる事態をも生じかねないからである。そうすると、前記大雲寺規則一六条二項についても、責任役員は、誰を代表役員とするかを決議するにつき、同条同項にいう特別の利害関係を有する者として議決権の行使を否定されるものではないと解するのが相当であるといわなければならない。もつとも、〈証拠〉によれば、大雲寺規則八条は代表役員の選定につき責任役員の互選による方法をとらず、浄土宗の教師のうちから責任役員がこれを選定すべきものと定めていることが認められるが、このことは前記規則一六条二項にいう特別の利害関係の意味につき宗教法人法二一条二項のそれと異別に解すべき特段の理由ということはできず、その他かかる異別の解釈を施さなければならない特段の理由を見出だすことはできない。のみならず、かえつて右規則八条が代表役員の選任につき、責任役員による選定に加えて、総代の同意と浄土宗の代表役員の認証を受けるべきことを定め、これによりその選任の適正につき特段の配慮をしていることからみても、前記規則一六条二項につき控訴人の主張するような拡張的解釈を施さなければならない理由に乏しいということができる。この点について控訴人は、総代の同意や浄土宗代表役員の認証が代表役員の選任の適正の確保につき実効性をもたないことを屡々陳弁しているが、規則自体は自然にそれらが代表役員選任の適正の確保のために必要かつ有意義なものとして右規定を設けたものと考えざるをえず、それが現実には右規定の所期するような実効性を挙げていないからといつて、そのために上記規則一六条二項の特別の利害関係の意味につき控訴人の主張するような解釈をとらなければならないとする結論は導かれないのである。

右の次第であるから、和久が本件決議に参加したことにより本件決議が無効であるとする控訴人の主張は理由がなく、控訴人の請求原因7の主張は、同(二)の栗本の仮責任役員選任の当否についての判断に立ち入るまでもなく、排斥を免れない。

四控訴人は、浄土宗では前住職の徒弟のうち座次の上位の順に従つて住職の被選任資格があり前順位者が辞退するなど特段の事情がないかぎりその後順位者が直ちに選任されることはないとの慣習法ないし事実たる慣習が存在するところ、前住職龍海の第一順位の徒弟は控訴人であり和久はその第二順位者にすぎないから、控訴人が辞退しないのに和久を住職とする本件決議は右慣習法ないし事実たる慣習に反し無効であると主張する。

よつて審案するのに、〈証拠〉中には、右のような事実たる慣習が存する旨の部分がある。しかし、これらの〈証拠〉はいずれも具体的事例を挙示するところがなく、その根拠につき首肯せしめるものを欠き、たやすく採用し難く、他に右主張事実を認めることのできる的確な証拠はない。かえつて、〈証拠〉を総合すると、浄土宗では、住職は律師以上の者につきその寺院において選定し門主の認証を受けなければならず(住職主任規程二条)、住職は本宗の教師でなければならない(宗綱一八条)と定めるだけであつて、徒弟の座次の順位に従い住職を選任すべき旨の規程がないことはもちろん、かかる慣習法も存在せず、また、一般に同宗の各寺院では、座次の順位に従つて住職を選任しているわけではなく、座次のいかんにかかわらず平等にその被選任資格を有するものとして取り扱つており、宗務庁でも同趣旨に解していることが認められる。したがつて、この点についての控訴人主張も失当である。

五控訴人は、本件決議は和久がことさらに控訴人を排除して自ら住職に就任することを企図し、栗本らと相図つて会議の席上控訴人を中傷し退席させた上これを行つたもので、その動機手段において著しく不当なものであり、更に四種登録等虚偽文書で宗務庁に登録申請する等全体として公序良俗に反し、無効であると主張する。

しかしながら、控訴人の右前段の主張事実を認定できる的確な証拠がないばかりでなく、本件決議をした情況、控訴人の退席した事情は前記各認定のとおりであつて、これらの事実からみると、本件決議が動機、手段において公序良俗に反するものということはできない。

また、〈証拠〉をあわせると、次のとおり認められる。すなわち、浄土宗寺院の住職となるには宗務庁の認証をえることを要し(浄土宗規則四三条)、役員、法類、総代、寺族のいわゆる四種登録をしなければならないところ被控訴人の龍海の生前中その一部を了していなかつたため直ちに住職認証手続をとることができなかつた。このような場合宗務庁は死亡した前住職が生前にその届出をしたような書類を作成させ、その書類を受付ける便法によつてその手続の整備を糊塗していた。そこで、和久、栗本らがその手続書類を作成し、宗務庁の指示する書面を日附を遡らせて申請し、受理されるにいたつた。それによると、役員登録申請書は昭和四六年一〇月一日付で、昭和四五年一〇月一日選任により、代表役員に龍海、責任役員に和久、栗本が就任したのでその登録を申請する旨の役員登録申請書、檀信徒総代として同年同月同日近藤正雄、三好、栗本を選任した旨の総代登録申請書、法類として、同年同月同日栗本(代表)、三好、阿川を選任した旨の法類登録申請書、寺族として、龍海、キヨ、和久、昭子ほか四名(控訴人は入つていない。)を登録する旨の申請を各作成し、次いで、同年四月二六日付で、龍海の死亡届出書を法類総代栗本名義で作成し、同日付で、法類総代栗本、寺族キヨ、総代近藤、栗本、三好及び組長丸山俊誠の連署で、龍海死亡により和久を後任住職に選定したので認証を申請する旨の書面を作成し提出した。宗務庁は書面を審査した結果同年五月一〇日和久が被控訴人の住職であることを認証した。

以上のとおり認定することができ、これを左右する証拠はない。右のとおりであるとすれば、内容が必ずしも真実に合致しない四種登録等の文書を用いて宗務庁に登録申請をしたとしても、これをもつて公序良俗に違反するものということはできない。それ故、この点の控訴人主張も失当である。

六以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきところ、結局結論において同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないので棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(中村治朗 石川義夫 高木積夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例